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愛知大学の評判、噂、就職

愛知大学

愛知大学(あいちだいがく、英語: Aichi University)は、愛知県名古屋市東区筒井2-10-31に本部を置く日本の私立大学である。1946年に設置された。大学の略称は愛大(あいだい)

大学全体

第二次世界大戦終結に伴い、東亜同文会が創立した東亜同文書院大学が中華民国に接収されることになった。その際に学長を務めていた本間喜一(後に初代最高裁判所事務総長)が中心となり、学生・教職員を受け入れる大学として、1946年、愛知県豊橋市に設立された中部地区唯一の旧制法文系大学である。

初代学長は東亜同文会理事で慶應義塾塾長などを歴任した歴史家、法学者(法学博士)、政治家の林毅陸。 愛知大学と東亜同文書院大学とは法的には直接の関係はないが、愛知大学では東亜同文書院大学を「前身ともいえる」という見解を発表している。

そうした設立経緯から、中国に関する教学が盛んであり、中華人民共和国と国交断絶中も東亜同文書院大学が進めていた中国語辞典編纂事業を引き継いで進め、後に『中日大辞典』を完成させた。また、大学院中国研究科や現代中国学部が設置されている。 校名は単に地名から発想されたものではなく、「哲学」の別称である「愛智(知)」という言葉を語源に持つとしている[3][注 2]。 建学の精神 「世界文化と平和への貢献」、「国際的教養と視野をもった人材の育成」、「地域社会への貢献」を掲げている。

知を愛し、世界へ。 中部地区唯一の旧制法文系大学として豊橋市に創立し、国際研究・教育に高い実績を築いている。平成24年4月、名古屋市名古屋駅地区ささしまライブ24」に社会科学系3学部・国際系2学部が集結した名古屋キャンパスが開校。平成29年春に本館(研究棟)と600名収容のグローバルコンベンションホールが完成し、学習環境がより一層拡充した。

 

■図書館 蔵書数は研究所とあわせ約175万冊。この数は、全国私立大学(約30万冊)・国立大学(約111万冊)の平均を超える。一般書から専門書まで種類も豊富で、希少文献も多数所蔵。新聞や雑誌などのメディア資料も所蔵している。

■国際交流 中・英・米・カナダ・独・仏・豪・韓国・台湾など13か国・地域42大学と提携。短期・長期の留学を単位認定、奨学金制度などでサポートする。

■就職支援 学士課程教育と連動し、4年間にわたり包括的なキャリア形成支援を展開。学内で開講する資格取得講座にも力を入れている。

キャンパス

名古屋キャンパス

(法学部・経済学部・経営学部・現代中国学部・国際コミュニケーション学部) 
〒453-8777  愛知県名古屋市中村区平池町4丁目60の6 
JR名古屋駅下車、徒歩約10分。または、あおなみ線ささしまライブ駅近鉄米野駅下車、徒歩5

 

豊橋キャンパス

(文学部・地域政策学部) 
〒441-8522  愛知県豊橋市町畑町1の1 
JR・名鉄豊橋駅から豊橋鉄道渥美線愛知大学前駅隣接

 

車道キャンパス

〒461-8641  愛知県名古屋市東区筒井2丁目10の31 
TEL (052)937-8113 (入試課直通) 
地下鉄桜通線車道駅下車、すぐ

学部

法学部
  • 司法コース
  • 行政コース
  • 企業コース
経済学部 
  • 現代経済コース
  • 経済政策コース
  • グローバル経済コース
  • 社会経済コース
経営学
現代中国学

現代中国学

  • ビジネスコース
  • 言語文化コース
  • 国際関係コース
国際コミュニケーション学部
  • 英語学科
    • Language Studiesコース
    • Businessコース
    • Educationコース
  • 国際教養学科
文学部
  • 人文社会学科(下記の専攻は入学後に別れる)
    • 現代文化コース
    • 社会学コース
    • 歴史・地理学コース
      • 日本史学専攻
      • 世界史学専攻
      • 地理学専攻
    • 日本語日本文学コース
      • 日本語日本文学専攻
    • 欧米言語文化コース
      • 現代国際英語専攻
      • ドイツ語圏文化専攻
      • フランス語圏文化専攻
  • 心理学科
地域政策学部

地域政策学科

  • 公共政策コース
  • 地域産業コース
  • まちづくりコース
  • 地域文化コース
  • 健康・スポーツコース
  • 食農環境コース

理系学部について

現在愛知大学には理系学部は存在しないが、開学当初の構想では水産学部、医学部の新設にも意欲的であった。これは初代学長である本間喜一氏による考えであったが、本間の死後この構想は頓挫し、現在の総合文系大学となっている。

ささしまライブ地区の再開発を契機に名古屋への都市圏回帰を実現し、第二の建学として、第 3 次基本構想を打ち出すも、デルバティブ取引による損失のため、規模を縮小せざる得なくなった。

本来は名古屋キャンパスは今よりも多少大きくなり、新たな新学部が設置される予定だった。(おそらく情報系学部ではないかと管理人は予想)

 

愛知大学は、2008年度にスワップ取引の解約によって約118億円の損失を出した。その後、2012年11月になって、現学長・理事長が、経営担当副学長として資金運用を担当していた2007年12月から翌年1月にかけて行った取引によって数十億円の損害を大学に与えたとして、二人の弁護士によって背任の疑いで名古屋地検特捜部に告発されたが、2013年12月に不起訴処分となった。

新たに打ち出された第四次構想では新領域学部の新設は非常に慎重に判断している模様。2018年より新設された食農環境学部から始め、実績やノウハウを溜めながら、農学部へと発展させたいように思われる。

愛知県の同レベルの大学ではすでに理系学部を持っており、特に情報系は入り込める余地はない。需要があるとすればバイオ関連だと思われるので、愛知大学が総合大学を目指すのであれば農学部しかないだろう。

農学系コース新設 農家、行政と連携し実習 愛知大学

2/10(土) 13:20配信

日本農業新聞

 

 愛知大学は2018年度、地域政策学部内に農学系「食農環境コース」を新設する。同学部のキャンパスがある東三河地域は農業地帯だが、農学を学べる大学がなかった。地域の行政や住民からの声を受け、文系学部専門の大学ではあるが設置した。農業地帯の愛知、静岡県での農家実習や加工体験といった現場学習に力を入れ、地域農業の課題に対応できる人材の育成を進める。

 地域政策学部は地域課題を探り、活性化に貢献する人材育成を目指す。愛知県豊橋市にキャンパスがある。同市を含む東三河地域や、隣接する静岡県遠州地域は日本有数の農業地帯だが、同大学を含め農学を学べる大学がない。以前から地域からは設置を求める声があった。地元に根付き地域農業を引っ張る人材を育てたいと、大学初の理系コースとして同学部内に設置した。

 コースでは理系、文系両方の講義を受けられる。現場学習に重点を置き、農業地帯に近い立地を生かして農家や行政と連携したフィールド実習もする。食品安全や加工販売、流通に関する授業をする。食品加工などの試験ができるよう、実験室の整備も進める計画だ。

 同学部の岩崎正弥学部長は「学生が現場に足を運ぶ機会を多くつくる。生産と消費をつないで地域農業を支える人材を育てたい」と意気込む。

 静岡県JAとぴあ浜松の鈴木和俊会長は「経営感覚やマーケティング知識を生かし、付加価値を生み出せる人の育成が急務。学生には新たな食文化創造の担い手として活躍してほしい」と期待のコメントを寄せている。

 初年度の18年度は25人を募集する計画だ。 

70年越しの夢実現報告

愛大の食農環境コース開設/建学の恩人実業家・故富田實平氏の墓前で越知專さん
2018/06/10
 愛知大学卒業生の越知專さん(87)=豊橋市=は、ここ数カ月かけて母校ゆかりの人物たちの墓前で、同大地域政策学部の「食農環境コース」開設を報告してきた。突き動かしたのは、建学の恩人が農学部の設置を願っていたという事実だ。

 9日、豊橋市向山町の市営向山霊苑。ある立派な墓石に花を供え、越知さんは静かに手を合わせた。この墓に眠るのは、実業家の富田實平氏終戦直後の愛知大創立時に、自身が経営する会社からと合わせ、開学資金として現在の価値に換算して2億円ともされる寄付をした人物だ。

 なぜ、これほど多額の資金援助をしたのか。越知さんは、富田氏の会社が農薬などを扱っていたことから、農学部の開設に期待を寄せていたとみる。

 農学部を作る構想は実際にあった。1946年に国に提出された大学設立認可申請書には、将来的に農学部設置を目指す旨が記されていた。

 この構想を主導したのは、戦前の中国にあった東亜同文書院大学(愛知大の前身)で学長を務めた本間喜一氏(1891~1987)とされる。越知さんが山形県川西町の本間氏の生家を訪ね、農学部の必要性を説く本間氏の手紙を見つけた。

 学部設置には至らなかったが、越知さんはかねてから有能な農業指導者を愛知大で育成すべきと主張してきた。今年4月、同大豊橋校舎の地域政策学部に6番目のコースとして「食農環境コース」が新設された。越知さんは「70年越しに建学の精神が実現した」と喜ぶ。

 4月、越知さんは神奈川県横浜市にある東亜同文書院初代院長の根津一氏の墓を訪ね、新コース開設を報告した。同校に農工科があった経過を踏まえ、伝統を継承できたと思ったからだ。5月には東京都小金井市の本間氏の墓を参った。

埋もれた功績「もっと光を」

 富田氏の墓参りが〝巡礼の旅〟の締めくくり。本間喜一顕彰会の倉橋健二会長と、2001年に市内で営まれた富田氏の30回忌法要に出席した愛知大元事務局長の山本明さん(69)も駆け付けた。山本さんは「感謝の気持ちを込め、食農環境コースのことをきちんと報告したかった」と話した。

 大学創設に多大な協力をしたにも関わらず、富田氏の功績は歴史に埋もれた。「愛知大学の恩人は本間さんだけではない」。越知さんは、富田氏の貢献にも光が当たることを願っている。
 

新名古屋キャンパスは「第二の創学・建学」の第一歩 (愛知大学 学長・理事長 佐藤元彦)

愛知大学 学長・理事長
佐藤元彦 Motohiko Sato愛知大学は2012年4月、名古屋駅至近の「ささしまライブ24地区」に新名古屋キャンパスを開校させる。これに伴い、豊橋、車道を合わせた三キャンパスの位置付けを明確にし「第二の創学・建学」とも言うべき大変革を推し進める計画だ。佐藤元彦学長・理事長にキャンパス再編の狙いとビジョン(第三次基本構想―次を拓く愛大2015)をお伺いした。

 

名古屋市のグレーターナゴヤ・イニシアティブ(GNI)と大学の理念が合致

──「新名古屋キャンパス」の開校まであと1年になりました。新キャンパス開校に至る背景や経緯をお聞かせください。佐藤学長・理事長(以下、敬称略) 1946年11月に中部地区唯一の旧制法文系大学として豊橋市で開学した愛知大学は、創立当初から名古屋市進出が長年の夢でした。
中国・上海に設置された日本最古の海外高等教育機関・東亜同文書院大学の学籍簿を受け継ぎ、同大学を前身とすると言っても過言ではない経緯で誕生した愛知大学は、開学以来「世界文化と平和への貢献」「国際的教養と視野をもった人材の育成」「地域社会への貢献」を建学の精神に掲げ、多岐にわたる改革を推進してきた歴史があります。
名古屋市進出というその思いは、開学から数年後の51年に名古屋市中心部の車道に校舎を開設することで実現しましたが、年を追うごとに手狭になり、当時の工場等制限法の規制もあり88年、名古屋市郊外の三好町(現みよし市)に名古屋キャンパスを開設したのです。
豊橋キャンパスとの距離や交通の利便性などで様々な問題がありましたが、三好でありながら名古屋キャンパスと命名したところに名古屋に対する強い思いがあったのです。今回、名古屋市のグレーターナゴヤ・イニシアティブ(GNI)の一環として、ささしまライブ24地区の再開発構想が持ち上がり、念願の名古屋キャンパス実現に向けて取り組みを始めたわけです。名古屋市は「国際歓迎・交流拠点」の形成と「にぎわいのある複合型のまちづくり」構想を推進するため、ささしま地区の再開発に着手し、その計画に賛同する事業体を募ることになったのです。
同市は当初、大学の誘致を選択肢として検討していなかったようです。しかし、常時にぎわいをつくり、ささしま地区を国際化の玄関にしたいという、名古屋市の開発コンセプトが、愛知大学の建学の精神や実績、将来ビジョンと合致したため、コンペの参加資格を得たのです。2007年秋にはコンペ参加を機関決定し2008年1月15日に本学の案が採択されました。

各キャンパスの使命を明確化し大学の総合的な発展を実現

──新名古屋キャンパス開設後の体制、各キャンパスの特色に関してお聞かせください。
 
佐藤 新名古屋キャンパスを開設するに当たり2012年度以降は現在の名古屋キャンパスを閉鎖し、豊橋、車道を含めた3キャンパス体制になります。大規模な学生と教職員が移動することになりますので、これを機にこれまで曖昧だった各キャンパスの特色やミッションを明確に打ち出していきたいと考えています。具体的には、新名古屋キャンパスを「国際化への貢献拠点」、豊橋キャンパスを「地域社会への貢献拠点」、車道キャンパスを「高度専門職業人の育成拠点」と位置付ける方針です。まずは2011年度、豊橋キャンパスが変わります。
人文・社会科学領域への多角的なアプローチによる教育研究の発展を目指して、文学部に六つのコースが設置されるのと同時に、地域政策学部が開設されます。同キャンパスは三遠南信地域連携センターをはじめ3つの地域研究機関が設置され、地域への貢献に力を入れています。地域政策学部の開設で、地域社会への貢献拠点としての豊橋キャンパスの特色がいっそう発揮され「地方の時代」の先駆者としての本学に、大きな期待をいただいています。
2012年度になると新名古屋キャンパスに法学部、経済学部、経営学部、現代中国学部、国際コミュニケーション学部が移転し、約7,000人が学ぶ一大拠点が形成されます。
現代中国学部と国際コミュニケーション学部を同キャンパスに移転させるのは、先にも述べた、国際化への貢献を視野に入れているためです。一方、法学部、経済学部、経営学部を新名古屋キャンパスに集約するのは、これらの学部が、かつて法経学部としてまとまっていたという本学の歴史的背景があるのです。
1988年の三好キャンパス開校後3学部に分離したのですが、当初は各々の教員がキャンパス間を行き来し、他学部の科目が学べるなど、相互協力体制が取られていました。しかし、時の経過や時間・距離などにより、協力体制も徐々に希薄になっていったのです。
本学は公務員試験の合格者が多いことで知られますが、これは多様な学問の習得と地域への貢献を大切にする本学の理念によるところが大きいのです。3学部が再び1つのキャンパスに集まることで、相乗効果が創出され統合力が高まることを期待しています。
高度専門職業人育成をベースとする車道キャンパスには、以前からある専門職大学院(法科、会計)に加え、大学院五研究科を集約します。また、名古屋駅から電車で8分という地の利を生かして、社会人のリカレント教育やシニア向けの講座も充実させる予定です。
 
──環境都市・名古屋市に竣工するだけあり、新名古屋キャンパスは、環境にも十分配慮した設計になっているとお聞きしています。
 
佐藤 新名古屋キャンパスは、キャンパスの地下に地域冷暖房のプラントを設置し、それを周辺の建物に供給していくシステムになっています。
また、二期工事では、高層の建物の中に風を通す穴が開けられます。これは、ビル風対策であると共に、その風を冷暖房にも活用していくという発想です。もちろん、屋上緑化なども計画しています。愛知大学は早くから環境を重視した教学体制を整備してきました。新名古屋キャンパスにおいても「環境」を念頭に置いた研究・教育を実践し、地域社会に貢献していきます。

「第二の創学・建学」を通じて世界に発信する大学へ

──人文社会科学系の総合大学として確固たる地位を築きつつありますが、真の総合大学へと発展するためには、理工系学部の開設も必要ではないでしょうか。この点についてどのようにお考えでしょうか。
 
佐藤 冒頭で述べた通り、愛知大学は中国との学術・教育交流に先進的に取り組み、多くの実績を重ねてきました。しかしながら、最近は他大学でも理系、特に工学系が主体となって急速に中国との関係を深めており、人文社会科学系の大学である本学の特色が十分に生かされていないのも事実です。
実は、創立時に関係官庁に提出した書類に「将来の計画」という一節があり、そこでは農学部水産学部の設置についても言及しています。
創学の地、豊橋キャンパス周辺は日本でも有数の農業生産地でもあり、最近は工学を農業に生かした取り組みも進んでいます。
他大学との連携も視野に入れながら2020年代の初めごろには、理系を含めた総合大学化を実現したいと考えています。
 
──キャンパス移転を機に大きな転換期を迎えられますが、学生募集という観点からも、新名古屋キャンパスの開校は大きな意味を持つのではないでしょうか。
 
佐藤 本学は伝統的に、三重県岐阜県からの進学者が多かったのですが、名古屋駅から時間がかかるなど、立地条件を理由に進学者が減少する傾向にありました。しかし、新名古屋キャンパスが名古屋駅から徒歩約10分の距離にできることなどから、移転発表後のこの2、3年は着実に受験生が増えています。2010年3月は、一般入試の志願者数が約10年ぶりに15,000人の大台を超えました。
今年度の公募制一般推薦入試についても、前年比で50%も増えています。
 
──佐藤学長は「第二の創学・建学」が必要だと強調されています。大学の将来像について、お聞かせください。
 
佐藤 ささしまライブ24地区は、周辺にJRセントラルタワーズ、ミッドランドスクエアなどの高層ビルが立ち並び、様々な開発計画が進行している、経済、交通の要所です。その主要拠点に新名古屋キャンパスを開校することや、既存学部の再配置などを契機として「第二の創学・建学」を推し進めていきたいと考えています。
大事なのは、今こそ愛知大学はどういう大学としてスタートしたのかを、再認識するときだということです。
私立大学では、常に建学の精神に基づいた改革が必要です。「世界文化と平和への貢献」「国際的教養と視野をもった人材の養成」「地域社会への貢献」という建学の精神がどのような思いを持って定められ、大学としてスタートしたのか。
東亜同文書院大学を前身としますが、そのほか、海外の旧制大学旧制高校からの入学者も大勢いました。
そのような創立時の経緯からすると、東京大学京都大学慶應義塾大学早稲田大学などと並び得る大学として開学したと認識しています。
愛知大学は、今や新司法試験や公務員試験の合格者数、中国に関する研究・教育では、全国有数の実績を誇り、ある調査では2010年の学部別就職率ランキングにおいて、本学の経営学部が全国トップになっています。
これらの実績を基にしながら、人文社会科学系の総合大学である本学の評価を、まずは全国に、そして海外に広めていきたいと思います。
愛知大学の「愛知」は、地名を冠したものではなく、実は「知を愛する」として命名されたことや、初代の学長が慶應義塾大学の塾長経験者だということもあまり知られていません。これらの本学の伝統や特色を全国にそして世界に、積極的に発信していくのと同時に、教育と研究をいっそう充実させ、本学の強みをさらに磨いていく。
その結果が、地域社会への貢献、世界文化と平和への貢献に繋がり、世界から注目される大学に変革し、成長を遂げていくのです。

佐藤元彦(さとう もとひこ)

1958年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。89年、広島大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。特殊法人日本学術振興会特別研究員(PD)、愛知大学経済学部助教授、教授、経済学部長・理事、副学長、学長代行などを歴任し、2008年8月から現職。
大学改革提言誌「Nasic Release」第22号
記事の内容は第22号(2011年5月1日発行)を抜粋したものです。
 
規模を拡大し,将来は総合大学化を目指す

ささしまキャンパスに新学部(500名規模)を作る構想を2015年までに固め,最終的にはささしまキャンパスを9000名(うち孔子学院1500名)など学生規模も増やす予定だ。
ささしまの新学部など,今後は理系分野も視野にいれて総合大学化を目指すという。2つの理由がある。
ひとつは大学の国際的通用性の観点だ。愛知大学は中国との学術交流が以前から盛んであるが,中国の大学から「理系分野はないのか」とよく聞かれるようになった。中国の大学と交流を深めている他大学の状況を見ていても,まずは工学など理系分野で交流が始まり,それをきっかけに他分野に波及するケースが多い。海外の大学との学術交流という観点から,理系分野への進出が重要になっている。
もうひとつの理由は,創学時の将来計画によるものだ。実際に,1946年の大学設置に当たり当時の文部省に出した書類の中にも農学部水産学部を設置する構想が書かれていた。そこで将来的に各キャンパスの個性を生かし,豊橋キャンパスではフィールドが豊富で地元の理系大学と協力して実績を積みながら,農学や生物系の分野を,他方,都市型キャンパスでフィールドが近くにないささしまでは環境系の分野で
の貢献を模索していきたいという。
 
理事長・学長のお話のなかで大学の創設期の話が何度も出てきた。「今こそ原点に立ち戻り創設期のことを勉強し,これからの可能性を探る必要がある。そういう意味で第二
の創学・建学なのだ」と。確かに新しい大学を作るような壮大な構想やわくわく感が伝わってくるインタビューであり,5年後,10年後の飛躍が楽しみだ。

特集 都市部を目指す大学
(両角亜希子 東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策コース講師)
 
 
私学にとって、設立趣意書は憲法のような存在です。転機には、そこに立ち返ることが大事だと考えています。愛知大学はオーナーが
いない私立大学で、学長は選挙で選ばれて理事長も兼ねますので、なおさら拠り所として大事なんですね。設立当時、既に「大都市への偏重集積を排して地方分散を望む」と明言している先見性に、私は誇りを持っています。ですから、「地域社会・文化へ貢献できる人材」と「国際的教養と視野をもつ人材」の育成が原点だと思います。
 実は文部省(当時)への設立許可申請の書類には、豊橋キャンパスに農学部と水産学
部を設置する将来計画が記されています。意外かもしれませんが、当時の三河地域の産業を調べてみると納得できます。今でも豊橋を含む三河エリアは日本でも有数の農産地です。
2011年に豊橋キャンパスに地域政策学部を新設したのですが、豊橋キャンパスと、新城市東栄町飯田市浜松市といった三遠南信地域の行政・団体・企業などとテレビ会議ができるようになっており、将来的には授業や調査・研究の発表をしていきたいと考えています。農業や水産業に貢献できる私立大学は都心型と郊外型キャンパスの両立が、新たな総合大学を生む契機に。

AICHI UNIVERSITY NAGOYA CAMPUS
三河地区にはありませんので、それらを研究する新たな関連学部も想定できます。そうした試みが愛知大学の総合大学化に繋がっていく
かもしれません。
 当大学と中国の交流には伝統があります。しかし最近は、さまざまな大学が中国に関心を持って交流を進めています。中国では総合大学を重視する傾向にあるので、当大学も総合大学への姿勢を示さないと、改革事業にも影響してきます。中国にある同窓会支部も、こうした課題を指摘してくれました。そういった背景もあって、現在は将来計画をいろいろと見直しカラーユニバーサルデザインの考え方に基づいて計画された施設内のサイン。 中国との結びつきが強い当大学では、3ヶ国語(日本語、英語、中国語)を用いたサインが標準となっている。

L1101教室/イス:ルッシュ、デスク:インテ05 SCENE
ています。
 都心型と郊外型という対照的な特色をもつ名古屋キャンパスと豊橋キャンパスを両立させ、横断的な学びを導入して新たな時代の総合大学を目指したいと考えています。

      愛知大が豊橋キャンパス活性化策 農業系学部新設を視野

更新日:2012年 3月27日 (火)

 愛知大学佐藤元彦学長は26日、在籍する学生が4月から大幅に減少する豊橋キャンパス(豊橋市町畑町)の活性化策について「農学部水産学部など農業系学部(の新設を)をどう考えていくかが将来的な課題」と話し、東三河経済の一翼を担う農業に関係する学部の新設に意欲を見せた。

 

 

 

就活

文系しかないので、基本的に南山、中京大学の学生と争うことになる。

有利不利は特にないので、大手有名企業以外であれば努力次第で内定を勝ち取ることは可能だろう。